大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)1061号 判決

上告人

オリエント・リース株式会社

右代表者

乾恒雄

右訴訟代理人

色川幸太郎

林藤之輔

松田安正

林彰久

吉田清

纐纈和義

被上告人

株式会社

菅鉄工所

右代表者

安宅勝重

右訴訟代理人

大脇保彦

鷲見弘

大脇雅子

飯田泰啓

伊藤保信

村田武茂

長繩薫

名倉卓二

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人色川幸太郎、同林藤之輔、同松田安正、同林彰久、同吉田清、同纐纈和義の上告理由について

いわゆるファイナンス・リース契約において、リース業者は、リース期間の途中で利用者からリース物件の返還を受けた場合には、その原因が利用者の債務不履行にあるときであつても、特段の事情のない限り、右返還によつて取得した利益を利用者に返戻し又はリース料債権の支払に充当するなどしてこれを清算する必要があると解するのが相当である。けだし、右リース契約においては、リース業者は、利用者の債務不履行を原因としてリース物件の返還を受けたときでも、リース期間全部についてのリース料債権を失うものではないから、右リース料債権の支払を受けるほかに、リース物件の途中返還による利益をも取得しうるものとすることは、リース契約が約定どおりの期間存続して満了した場合と比較して過大な利益を取得しうることになり、公平の原則に照らし妥当ではないからである。もつとも、右リース契約は、形式的には、リース業者が自己の所有する物件を利用者に利用させるという内容を有するものではあるが、これを実質的にみた場合には、リース業者が利用者に対して金融の便宜を供与するという性質を有することは否定できないから、右のような清算の必要を認めたからといつて、リース業者に対して格別の不利益を与えるものではないというべきである。

右のように、リース業者は、リース期間の途中で利用者の債務不履行を原因としてリース物件の返還を受けた場合には、これによつて取得した利益を清算する必要があるが、右の場合に清算の対象となるのは、リース物件が返還時において有した価値と本来のリース期間の満了時において有すべき残存価値との差額と解するのが相当であつて、返還時からリース期間の満了時までの利用価値と解すべきではなく、したがつて、清算金額を具体的に算定するにあたつては、返還時とリース期間の満了時とにおけるリース物件の交換価値を確定することが必要であり、返還時からリース期間の満了時までのリース料額又はリース物件がリース期間の途中で滅失・毀損した場合に利用者からリース業者に支払うことが約定されているいわゆる規定損失金額を基礎にしてこれを算定することは正当でない。なお、リース物件には、利用者の利用目的に適合するように特別の仕様が施されることが少ないため、リース業者がその返還を受けても直ちにそれ自体として他に処分し又は新たにリース契約を締結することが必ずしも容易でない場合がありうるが、そうであるからといつて、リース業者が返還にかかるリース物件を他に処分し又は新たにリース契約を締結して処分代金等を現実に取得しない限り、清算金額を具体的に算定することが不可能であるとはいえない。

これを本件についてみると、原審が、本件のファイナンス・リース契約において、リース業者たる上告人がリース期間の途中で利用者たる被上告人からその債務不履行を原因としてリース物件の返還を受けたとの事実を確定したうえ、上告人には右返還によつて取得した利益を未払のリース料に充当し残余があればこれを被上告人に返戻する義務があると解したことは、前述した清算の必要を認めたものであつて、この点では正当として是認することができる。しかしながら、原審は、右のような前提に立つたうえで、清算の対象となるのは、返還時から本来のリース期間が満了すべきものと約定されていた時点までの期間内におけるリース物件の利用価値であると解し、かつ、これを具体的に算定するにあたつては、リース物件がリース期間の途中で滅失した場合に被上告人から上告人に支払うことが約定されている規定損失金額を基礎とし、返還時から本来のリース期間の満了時までの間における規定損失金額の年度間の差額をもつて清算金額にあたるとしているのであつて、右判断は、前述したところに照らし、リース契約に関する法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわなければならず、右違法が原判決中上告人敗訴部分に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、この点において理由があり、原判決は右部分につき破棄を免れない。

よつて、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 伊藤正己 寺田治郎 木戸口久治)

上告代理人色川幸太郎、同林藤之輔、同松田安正 同林彰久、同吉田清 同纐纈和義の上告理由

第一点 原判決には理由不備または判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

(一) リース契約の経済的機能及び法律上の性格

本論に入るに先だち、その前提として標記の点を明らかにしておく必要があると考える。

(イ) リース取引とは、リースの借主が、自己の業務に適合する規格、仕様の物件を任意に選択、特定し、これまた借主が自ら選択した売主と自主的に交渉して、特別仕様の追加、価格、納入方法等を取りきめ、リースの貸主は、借主が既に売主との間で協定した売買条件に基き、借主に代つて、右売主からこれを購入した上、右物件を貸主より借主に対し、合意したリース料その他概ね定型的なリース契約に基き、所定期間使用収益させるものである。

リース契約は、貸主が借主に対し、一定期間ある物件の使用収益を許諾し、その対価として一定額のリース料を収受するものであるから、賃貸借と極めて類似した外形を有しているが、賃貸借契約とは性格を異にし、法律上は一つの無名契約であるというべく、実質的には借主に対し物件購入代金の融資と同様の経済的効果を供与することを目的とするものであつて、貸主は当該物件購入代金、取引につき要した諸経費、金利等のほか一定の利潤を、借主がリース期間内に支払うリース料をもつて回収せんとするものである。そして前述の如く、リース取引の対象たる物件は本来借主の特定目的への使用にのみ適合するものであるが故に、自然汎用性に乏しく、のみならず、大体において、技術革新による経済的陳腐化の危険の大なる物件が多いので、契約期間中に契約が消滅または終了した場合、物の賃貸借と同様にリース物件の返還とリース料の支払打切でけりをつけるならば、物件処分代金によつては前記物件購入代金等の出捐額を到底回収することができないために、貸主は甚大な損害を受けるという結果になる。それであるが故に、リース契約においては通常の賃貸借と趣を異にした特約を設けているのが一般である。この特約の主要なもののその一は、借主に対しては中途における任意の契約離脱を一切認めない、所謂解約禁止条項であり、借主はいかなる事由があつてもリース期間内のリース料全額の支払を義務づけられるものである。その二は貸主の瑕疵担保責任排除条項であつて、リース物件に瑕疵があり借主がその使用収益をなし得ない場合にも、借主はリース料支払義務を免れないものとする。その三は危険負担の転換条項であり、リース物件が借主の責に帰し得ない事由により滅失した場合においても、その危険は借主が負担し、借主のリース料支払義務は消滅しないとするものである。その四は借主の債務不履行または信用不安状態の出現により、貸主は将来の使用収益期間に対応する残リース料の全部もしくは一部の即時弁済の請求および物件の返還請求をなし得るものとする条項である。

かくの如きリース契約の特殊な契約条項は、通常の賃貸借ならば、借主に対してはあまりにも苛酷であろうが、これは、リース取引が右のとおり実質的には借主に対する資金融通であることに由来するわけであつて、これに加うるに、リース物件の換価処分代金をもつては、到底リース料の支払に代替することが期待し得ない実情をも考慮した結果である。すなわち、貸主の出捐金額等の回収の基礎となるリース料の支払を、物件利用の面とは全然切り離し、あたかも確定した金銭債権におけるが如く、物件の利用不能が不可抗力に因る場合であつても、その回収を可能たらしめるための用意である。これは決して、貸主の利益擁護のためだけではなく、この配慮があつてこそリースが成立ち、これによつて借主もまたその利益を受けるものであることが忘れられてはならない。リース契約の各条項の解釈にあたつては、リースのこの実態を踏まえた合目的的なものでなければならない。

(ロ) 原判決がその判断に当つて依拠した「規定損失金額」なるものは、右に述べた危険負担転換の特約に由来するものである。通常の賃貸借契約では、借主の責に帰し得ない事由により目的物件が滅失したときは、契約は履行不能により終了し、貸主は目的物件滅失後は賃料請求権を喪失するものであるところ、リース取引はもともと実質上借主に対する融資の性格を帯有し、期間内のリース料総額の支払がなされてこそ計算が成り立つものであるが故に、リース物件が契約期間内に滅失した場合、その後のリース料が収受できないような事態となつてはリース業務は成り立ち得ないわけであるから、予めそれに備えておく必要があるわけである。危険負担転換の特約をなし、借主の責に帰し得ない事由に基づきリース物件が滅失した場合においても、その危険は借主がこれを負担するものとし、リース期間満了時点までのリース料支払義務を存続せしめるのはそのためなのである。

尤も、物件が滅失しその使用収益をなし得ない借主に対し、リース期間の満了まで引続きリース料を従前通り遅滞なく継続して支払わせることは必ずしも期待できず、従つてその支払は円滑を欠く虞なしとしない。一方貸主としても、物件滅失の結果として損害保険金を受領し得る可能性もある。これらを彼此勘案して、物件滅失後リース期間満了時点までのリース料の総額について、一定の方法により中間利息相当額を控除した残額を即時に弁済せしめる(もし貸主において保険金を受領したときは、その受領保険金の限度でその支払義務を免除するのはもとよりである)こととするのが双方にとつて公平妥当でもあるが故に、左に述べるような如き計算に基づいて算出した金額(これこそが「規定損失金額」なのである)の支払をもつて借主のすべての義務を消滅せしめることにしているわけである(松田安正「リース契約の内容とその法律的構成」NBL二一・二二号、広中俊雄「リース契約の法的性質」私法三八号、吉原省三「リース取引の法律的性質と問題点」銀行取引法の諸問題第二集第一七章等参照)。

なお現行の一般リース取引における「規定損失金額」の計算方法には二種類がある。その一は物件滅失後リース期間満了時点までの各期のリース料額を、一定利率の複利計算により中間利息を控除して、その総額(リース料の現在価額)を計算する方式である(年金現価方式またはライプニッツ方式)。上告人はこの計算方法によりリース期間中の各年度の「規定損失金額」を計算しているが、第一年度の「規定損失金額」に限り物件購入金額の一〇五%を限度としている。その二は簡便計算方式であり、物件購入金額の一一〇%ないし一一五%の金額を期首の規定損失金額(基本額)とし、期中におけるリース料の支払回教に応じて逐次物件購入金額に所定率を乗じた額を減額して各時点の「規定損失金額」を計算するものである。

右のとおり「規定損失金額」は、危険負担の借主への転換と関連して、物件滅失後リース期間満了時点までの間の残リース料の一括弁済額として、借主の貸主に対し支払うべき金額を定めたものにほかならない。物件が滅失しても、借主は残リース料の支払義務を免れ得ないとするのがリースの法律的特質なのであるから、その下では、「規定損失金額」は残リース料を基礎として計算された清算約定額なのである。従つて「規定損失金額」なるものは、損害賠償の予定額でないのはもとより、リース物件につき当事者が予め合意した物件価額でないことは言うまでもない。

(ハ) もともとリース取引においては、既に述べたところからも明らかな筈であるが、期間中の各時点において物件価額をあらかじめ約定しなければならない何らの必要もない。けだし、さきに述べた事情により、リース物件が滅失、毀損した場合にも借主はリース料の支払義務を免れ得ないわけのものであるから、これに備えては、残リース料の支払方法について合意しておけば足りるからである。況んや損害賠償額を予定する必要などは毫も存在しないのである。

そればかりではない。各時点の物件価額をその時点における残リース料の現在価額と同一視することは、以下に述べるように、経済的に見た場合不合理千万なことなのである。すなわち、現行リース取引におけるリース料の金額は、本件の契約と同様に、リース期間のいずれの時期においても定額(初回分も最終回分も同一金額)としている。このようなリース料の定め方は、貸主は一定計算方式(年金現価方式または元利均等額償還方式)に従つて定額のリース料額を計算し、期間内にこのリース料の総額が支払われるならば、最終的には出捐した物件購入代金等を、所定利率による利息金とともに回収したことになるようにしているものである。ところで定額リース料方式をとると、期初のリース料額の大部分は金利部分に充当され、元本弁済に充当される部分が少なくなる。従つて、定額リース料方式の下では、期中のリース料支払回数に完全に比例して残リース料の現在価額(残元本部分)が減少するものではなく、その減少割合は、期初部分においては低く、期末部分において高くなる逓増方式となる。これに反しリース物件の価額の減価は、一般に定率法による減価償却計算が採用されていることでも判るように、期初における価値減価度が高く、期末において減価度が低くなるという逓減構造をとるものである。

このように期間の経過に応じての、リース料の支払による残リース料の現価(元本部分)の減少度と物件の価値減少度の間には大きな乖離があり、この現象は耐用年数の短かい動産機器(Epuipment)の場合には特に顕著である。この関係を、本件リース契約に定めるリース料、規定損失金額および物件価額(定率法による減価償却後の残高)をもつて比較表示すると別表記載のとおりとなる。現行のリース取引では、殆んどすべてがこのような耐用年数の短い動産機器を対象としているのであるから、このようなリース取引において、物件滅失の場合に借主の貸主に対し支払うべき金額を、物件の客観的な価額を基準として定めるとすると、それだけでは計算上貸主においてリース料の残額相当分を全額回収できないことが明らかであるし、他方借主の責に帰し得ない事由による滅失の場合にも、借主に物件価額を賠償させることになつて、その説得が困難であり、いずれにせよ妥当を欠く結果となるであろう。

以上繰返し述べたとおり、リース取引においては、借主の期間内のリース料総額の支払こそが、取引の根幹を形成するものであり、従つて物件が中途で滅失した場合には、残リース料を基礎として定めた「規定損失金額」を授受することこそが最も合理的なのであつて、期間内の物件返還が全く予定されていない構造(中途解約禁止)の下においては、各時点における物件価額を予め合意する何らの必要もないし、況んや物件価額を基礎とした損害賠償予定額の法律構成をとらねばならない理論的根拠も必要性も全く存在しないのである。

(二) 「謂れなき利得」とは何か

原判決はこれを要約すれば、「昭和五二年一一月七日、上告人が本件リマース物件を被上告人方から引き揚げたことにより、この時点からこれを自由に処分し得る立場に立ち、これにより、右時点からリース期間満了時点までの期間内における物件の利用価値を、上告人において謂れなく利得した」ものと判断している(八丁以下)。

(イ) 判決はまず、上告人が物件を引揚げた後は、これを自由に処分し得たものだとする。上告人の所有に属する物件につき、その占有を上告人が取得したのちならば、これを自由に処分し得るのは当然であつて、敢て判決により指摘されるまでもないことである。しかし、「自由な処分」とは、自由に使用収益し得る(それが極めて困難であることは上述の説明で明らかであろう)ことと必ずしも同じではない。利用価値を云々する以上、当該物件を、物件本来の用途に従つて上告人が現に使用収益したこと、少くとも使用収益をなし得る状態にあつたことを前提にしなければならない筈である。しかるに原判決は、上告人が本リース物件を引き揚げた時点における本リース物件の現状は、果してそのまま使用可能の状態にあつたかどうか、および当時におけるこの種機器の日進月歩の発展に鑑みるとき、合理的に観察して、これを通常の業務に使用した場合、果してプラスになるのか、むしろ経済的にはマイナスの効果を産むものではなかつたか、そしてまたその引揚後、これを上告人が現実に自己の業務のため利用したかどうか等を的確に判断し、これを判決の理由付けとすべきであるに拘らず、これらの点について全くふれるところがないのである。

さきに述べたように、一般のリース取引において、貸主が借主に貸与する物件は、通常、借主が自己の特定の事業目的に役立たしめるために、借主自身が特注した規格・仕様の物件であるからして、どうしても汎用性に乏しく、従つて当該物件がそのまま借主以外の者によつて利用し得るという可能性は極めて少ないのが普通である。本件リース物件の如きにいたつては特にそうであつて、当該電子計算機は、売主たる訴外中部システムマシン株式会社によつて、被上告人の事業目的に正に適合したソフトウエアが組み込まれているものであつた。従つて、上告人が本リース物件を引き揚げた際、仮にこれが物理的には正常な状態にあつたとしても、上告人自身の計算業務に利用し得る機能を有していたものではなく(上告人は本件リース物件よりも遙かに性能のすぐれたIBM電子計算機を当時既に利用していたのであるから、本件リース物件を利用する必要は全くなかつた。のみならず、本件リース物件は右IBMとの間に互換性、適合性がなく、その端末機器としての機能も有していなかつたので、これを利用したくても利用できない実情にあつたのである)、また、上告人が本件リース物件を引揚げた後、第三者との間でリース契約を結び、これを貸与して収益を挙げるということも到低望み得なかつたのである(上告人はリース専業会社であり、電子計算機についての専門的知識がないから、もとより他の使用に適するようにソフトウエアを組替えるような作業能力を有しなかつた)。右のような本件リース物件の特殊性からいつて、本件物件を引き揚げたとしても、特段の事情がない限り(これは原判決の全くふれないところである)上告人にとつて何らかの利用価値相当額の利得が生れる筈はあり得なかつたのである。物件の早期引揚により上告人が利得し得ると考えられるものとしては、せいぜい、上告人が現実に本リース物件を処分したときに、その処分手取額が、リース期間満了時点の物件の残存予定金額を超過した場合の、その差額に止まるわけである(なお、この差額の処理については本件契約書(甲一号証)に定めがないのであるから、同一三条五項を類推適用し、残リース料の支払が完了したのちに清算すれば足りるものであると思料する)。

(ロ) 仮に、原判決のいう如く当該物件に何らかの利用価値があつたとしても、当該利用価値の存続する終期を、リース契約の満了の時点までとしている(八丁)ことについては、これまた何の理由づけもなく、原判決の理論は到底われわれを納得せしめるに足りないのである。もし前記終期を待つことなく途中で物件を処分したとするならば(本件では正にそうである。一審証人高倉仁郎の供述参照)どうなるであろうか。その場合でもリース期間満了にいたるまで、依然利用価値を上告人において享受し得たものだとするのはいかなる根拠によるものであろうか。かくして、原判決の理由不備は覆うべくもないであろう。

(ハ) 前引の判示中で最も疑問となるのは、返還すべき法律上の義務を負う「謂れなき利得」とは一体何か、ということである。「謂れなし」とはまことに卑俗な表現であるが、これを民法に即して換言するとすれば、賠償または返還義務のある広義の損害ないし債務を意味したものと解するほかなしと思われる。そうだとすれば実定法上かかる返還の義務を生ずるのは、債務の不履行の場合か、不法行為に該るときか、そうでなければ不当利得か、そのいずれかでなければなるまい。しかしながら本件の場合は、契約上(第一七条B)の権利の行使として而も被上告人の納得乃至協力を得て引き揚げたのであるから、債務の不履行でも不法行為でもない。残るは不当利得の問題だけとなる。原判決の措辞は極めて不明確だが、判示を善解するならば、原判決は、上告人が本件物件の利用価値を不当に利得した、ときめつけたものとみることができようか。ところで今更いうまでもなく、不当利得は、法律上の原因なくして、他人の財産に因り利益を受け、これがために他人に損失を及ぼしていることがその成立要件であるが、本件の場合、当該財産は上告人の所有であるし、その引揚行為も契約条項に基づく権利の行使であつたばかりでなく、これを引揚げたのちと雖も、被上告人は何の損失をも受けていないのである(被上告人は本件物件を終始使用しなかつたと主張しているのであるから、これを返還することによりむしろ厄介払いをしたことになりはしないか)。上告人が自らの所有物件を回収し、これを占有したことが利用価値の不当利得だというのであれば、不当利得を成立せしめる前示要件の一つ一つについて、証拠に基づく認定事実を明らかにし、かつそれによつて推論した論理構造を示さなければなるまい。原判決はこの点に何らの配慮も加えていないのである。

なお、もし「謂れなき利得」が不当利得を意味したものでないとすれば、民法に規定されていない何らかの超法規的な理由に根拠を求めたものであろうか。そうであるならば、なおさら、通常人に理解し得るような説得性のある理由づけがなければなるまい。

(ニ) 要するに原判決、、不当利得の法理を誤解し、かつ民法七〇三条の適用を誤まり、その上理由づけにおいて論理上重大な破綻を露呈したものといわなければならない。

(三) 「利得の価格」の算出について

(イ) 原判決は、リース契約において定められている「規定損失金額」を、各時点におけるリース物件の価額として、契約当事者間で合意された金額だと即断し、それが毎年逓減されて計上されているところを把えて、その差額こそが、利用価値の金銭的評価であり、これが上告人が不当に得た利得だとする(九丁裏乃至十丁表)。この判断は、上告人が原審において主張してきたリース取引の実態(本理由書冒頭部分参照)を理解せずもしくは全く無視したもので、それであるが故に、リース契約の基本的な条項の解釈につき決定的な誤りを犯し、延いては理由不備の違法を来しているわけである。

(ロ) 原判決は、一方において、本件契約書(甲一号証)の一三条四項を引用し、その項に「規定損失金額」の支払完了と同時にリース契約は終了するとあることから、「(したがつてじ後のリース料の支払は不要となる。)」と判示(九丁表七行目)しているが、そのいうところは、契約が終了したが故にじ後のリース料の支払を免れる、としたわけではあるまい。これはあまりにも当然の事理であるからである。それならば何を言おうとしたのであろうか。察するに原判決も、右の判示に徴すると、契約にいう「規定損失金額」とは、金利をも考慮した残存リース料の清算約定額にほかならないことだけは、さすがに容認しているらしく思われるのであるが、それにも拘らず、突如として、「規定損失金額」を以つて「その時点での本件物件」の合意された「価額」であるとしているのは、正に論理の飛躍であつて、理由の不備または理由の齟齬であることは明らかであろう。

(ハ) なお原判決が引用している(九丁表、八行以下)契約書一三条五項は、左記の如き趣旨から約定されたものであつて、「規定損失金額」が本件物件価格であるという根拠にはなり得ないのである。もし原判決のいうが如くんば、そのよつて来る理由を説示しなければならない筋合と考える。

リース契約の目的物が滅失し、これに伴ない借主が残リース料の現価に相当する「規定損失金額」を支払つたときは、リース契約の当初の目的である貸主の借主に対する物件の使用収益の許諾と、借主のリース料支払義務の履行という双方の給付は、前者は履行不能により、後者は履行の完了により、いずれも契約関係を終了させる事由となり、ここにおいてリース契約は終了したことになる。ところで、このようにしてリース契約が終了した場合、物件が物理的に完全に滅失したのではなく、修理困難等の経済的事情のために滅失と擬制されたような場合には、物件の返還義務にも関連せしめて、別段の定めをしておく必要がある。この場合経済的利用価値がなくなつた「滅失物件」を貸主に返還させることも一つの考え方である。然し、これは借主に物件返還のための費用負担を課するだけで、一方貸主には何らの実益もないわけである。この点を考慮して、借主の物件返還義務の免除を定めたものが借主に対する「滅失物件」の所有権移転の条項である。この場合、借主に所有権が移転される物件は、経済的には本来の機能を殆んど喪失した状態にあるから、借主において、若干のスクラップ・バリューとしての交換価値ぐらいは取得できるわけではあるけれど、借主のこのような僅少な利得の可能性は、いわばリース取引の余後効とも称すべきものに過ぎず、リース取引において当事者が本来的に意欲した経済的効果とは別個のものである。要するに、この「滅失物件」の交換価値と「規定損失金額」または物件本来の価額との間には、何らの意味的関連のないことは明らかである。

(ニ) 以上要するに、この点においても、原判決はその理由付けの点に救い難い欠陥を帯有しているのみならず、およそ契約解釈の経験則に背き、判決に影響を及ぼすべき法令違背をしているとの非難を免れないものと信ずる。〈以下、省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例